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中学社会「歴史の総まとめポイント」高校入試これだけは最低限!

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中学社会「歴史の総まとめポイント」高校入試これだけは最低限!です。

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歴史の総まとめポイント(中学社会)

中世以降の重要事項について、年代順にまとめています。

執権政治

■北条時政
1199年源頼朝死去したあと、将軍になった2代将軍の源頼家、3代将軍の源実朝の時代には、御家人間での争いが激しくなりました。その中で勢力を伸ばしたのが、北条政子です。

北条時政は、2代将軍の源頼家を幽閉し、源実朝を将軍としました。自らも政所の長官として幕府の実権を握りました。その地位を執権といいます。その後は、子の北条義時に継承します。

■北条義時
1221年、後鳥羽上皇は東国の一部の武将を味方に引き入れ、北条義時追討の兵を挙げました。しかし北条義時の子である北条泰時、弟の北条時房に率いられた幕府軍は京都を攻め、勝利に収めます。これを承久の乱といいます。

承久の乱後、京都に設置された六波羅探題は、朝廷の監視、尾張以西の御家人統制にあたりました。、また上皇方の皇族、武士の所領を没収し、戦巧のあった御家人を地頭に任命した。この時に新基準にある新補率法を適用された地頭を新補地頭と言います。

■北条泰時
北条泰時は執権補佐するれ連署をおき、さらに有力御家人や政務にすぐれた人びとを評定衆に選び、合議制に基づく政治体制を作り上げました。1232年には、最初の体系的な武家法典である御成敗式目51か条を制定しました。式目は頼朝以来の先例や道理と呼ばれた武家社会の慣習を成文化し、公正な裁判の基準としました。その後必要に応じて発布された個別の法令は式目追加と呼びます。

■北条時頼
北条時頼は評定衆のもとに新たに引付をおき、裁判の公正と迅速化をはかりました。また幕府の支配権が全国的に拡大強化されていくと得宗の家来である御内人の勢力も大きくになり対立。

■北条時宗
1274年に文永の役、1281年に弘安の役。いわゆる元寇。文永の役もあとには、異国警固番役を制度化し、石築地の構築をはかりました。

■北条貞時
1285年霜月騒動。平頼綱(御内人の代表)が、安達泰盛(御家人の代表)を滅ぼす。1297年には、永仁の徳政令を出し、御家人の所領の質入れや売買を禁止。売却地の無償返還をしました。

元寇

モンゴル帝国の拡大。チンギス・ハンは、分かれていた勢力を統一します。ユーラシア大陸の東西にまらがるモンゴル帝国に成長します。

  • フビライ・ハン…帝国になり都を大都(北京)に移し、国号を元と定めます。マルコ・ポーロが仕える。のちに、日本を「黄金の国ジパング」として紹介します。

■襲来の流れ

  • 北条時宗(8代執権)…高麗を従えたフビライは日本を従えようと使者を送るが、これを無視します。
  • 文永の役…集団戦法と優れた火器に苦しめられます。
  • 弘安の役…御家人の活躍や石の防壁などで退けます。

■鎌倉幕府の滅亡
御嵯峨天皇の死後、天皇家は持明院統大覚寺統に分かれ、皇位や天皇家領荘園の相続をめぐる争いが続きます。14世紀初め、両統は交代で皇位につく両統送立の方式を定めた。大覚寺統から出た後醍醐天皇は天皇親政を進め、意欲的な政治を行いました。

後醍醐天皇は倒幕計画進めたが1324年に幕府側に漏れて失敗した。これを正中の変といいます。1331年に挙兵しましたが失敗。これを元弘の変といいます。天皇は翌年、隠岐に流され、持明院統の光厳天皇が即位した。

後醍醐天皇の息子である護良親王や河内の楠木正成が畿内の新興武士などの反幕勢力を結集して蜂起し、幕府軍と戦った。これを制圧するために幕府軍の大将として派遣されていた足利尊氏は幕府に背いて京都の六波羅探題を攻略した。

関東では新田義貞が幕府の本拠地鎌倉を攻め、得宗北条高時以下の北条氏一族を滅ぼした。こうして、1333年鎌倉幕府は滅亡した。

■東アジアとの交流

  • 中国…漢民族の明が建国。倭寇の取り締まる利を求める。室町幕府の足利義光が倭寇を禁止し、正式な貿易船に勘合をもたせるのも、この時期です。
  • 朝鮮半島…李成桂が高麗をほろぼし、朝鮮国を建てる。ハングルを作るなど独自の文化が発展。
  • 琉球…尚氏が沖縄島を統一、琉球王国を建てます。中継貿易で栄えます。
  • 蝦夷地…アイヌ民族が狩りや漁、交易をおこなっていました。本州の人々と(和人)が館を築き進出。戦いが起こります。

南北朝の動乱

後醍醐天皇は幕府滅びると京都に戻り、院政も摂政・関白を否定し、公武を統一した天皇親政の理想を実現することを目指した。これを建武の新政という。

新政府の機構は中央に最高機関として記録所や幕府の引付を受け継いた所領関係の裁判を担当する雑訴決断所などが設置された。1336年、足利尊氏は持明院統と光明天皇を擁立し、幕府を開く目的のもと建武式目を制定した。

後醍醐天皇は吉野に逃れ、足利尊氏に擁立された持明院統に対し、正統の天皇であることを主張した。こうして、吉野の南朝、京都の北朝が対立した。

足利義満は、京都室町に豪華な花の御所を造営しここで政治なったので、この幕府を室町幕府と呼ぶようになった。幕府の機構も、この時代に整いました。南北朝の動乱は、1392年南朝の後亀山天皇が、北朝の後小松天皇に譲位する形で終結して南北朝の合体が実現した。

大航海時代

ルネサンスと宗教改革以後、ヨーロッパ諸国はキリスト教の布教と植民地の獲得を目指して世界的規模の活動を開始。この時代を大航海時代と呼ぶ。その先頭に立ち東アジア進出した2つの国がポルトガルとスペインであった。

■鉄砲伝来
1543年ポルトガル人が九州南方の種子島に漂着し、島主の種子島時堯(たねがしまときたか)に鉄砲を伝えた。鉄砲は堺や近江国友、紀伊根来、雑賀などで大量生産され、新鋭武器として急速に普及し、戦法や築城法に影響を与えることになりました。

■キリスト教布
1549年イエズス会の宣教師フランシスコ=ザビエルが鹿児島に来航し、キリスト教の布教開始した。以後、宣教師は相次いでて来日し、南蛮寺と呼ばれた教会堂や宣教師の養成学校であるコレジオ・セミナリオという神学校立てて布教に努めた。

キリスト教の洗礼を受けた大名をキリシタン大名といい、そのうち、大友義鎮・有馬晴信・大友純忠の3人のキリシタン大名は、宣教師ヴァリニャー二のすすめにより、1582年伊東マンショら4少年をローマ教皇のもとに派遣した。これを天正遺欧使節と言う。

■南蛮貿易
ポルトガル人に続き、スペインも肥前平戸に来航した。ポルトガル人・スペイン人を南蛮人とよび、彼らと間で行われた中継貿易を南蛮貿易と呼んだ。南蛮貿易は、松浦氏の平戸、大村氏の長崎、大友氏の豊後府内などの九州の港で行われた。

  • 輸入品…中国産生糸・鉄砲・火薬など
  • 輸出品…・刀剣・漆器など

ヨーロッパ史

宗教はキリスト教が中心

  • ラテン系民族…南部に分布。カトリックが多い
  • ゲルマン系民族…北部・西部に分布。プロテスタントが多い。
  • スラブ系民族…東部に分布。正教会が多い。
    独自の言語、民族、宗教を中心に国が成り立っている。

■大航海時代
香辛料などを求めて新航路を探した。

  • ポルトガル…インド航路を発見。バスコ・ダ・ガマが1498年インドにわたる。
  • スペイン…イタリア人のコロンブスの航海を援助。コロンブスは1492年、大西洋を横断し、カリブ海の海に到達。マゼランは、部下が船隊を引きつぢ、1522年、世界一周を達成。

■ヨーロッパの産業革命

  • イギリス…国力が高まり、世界の自由主義を広める。
  • ドイツ…ビスマルクが富国強兵を進め、1871年に統一。

第一次世界大戦

このころの世界の情勢は、国際協調が高まっていました。パリ講和会議でのベルサイユ条約もその1つです。

  • ベルサイユ条約…国際連盟案など戦後の世界平和を目的とした条項も存在。
  • 国際連盟の設立…民族自決を唱えたアメリカのウィルソン大統領が提案。本部は、スイスのジュネーブに置かれる。日本は、常任理事国となり。新渡戸稲造が事務局次長に就きました。
  • ワシントン会議…アメリカの呼びかけで実施。海軍の軍備の制限。太平洋地域の現状維持。中国の独立と領土保全を確認。

■大衆の時代
労働者や女性も民主主義の担い手になっていきます。1919年に成立したワイマール憲法の中でも、労働者の基本的権利の保護が保障され、イギリスでは、1924年に、初の労働党内閣が誕生します。

バブル景気

1980年度末、投機的によって株式と土地の価格が異常に高くなる不健全な好景気が発生。これをバブル景気(株価や地価が経済の実態を超えて上昇する、あわのような好景気のこと)。1991年にバブル景気崩が崩壊し、長期の不況へ。

■バブル崩壊後の経済

  • 平成不況…企業の倒産が増え、失業者が多くなります。政府は政府活動に対する規制の緩和、国営事業の民営化を進めました。貧富の格差と都市と地方の格差が拡大しました。
  • 世界金融危機…2008年に起こった金融危機。いったん回復した景気が、ふたたび深刻な不況になりました。
  • 抱える経済問題…工場の海外移転による産業の空洞化や財政赤字など

江戸時代

最初に5代将軍徳川綱吉の政治について学びます。17世紀後半に登場する人物で、徳川綱吉が政権についたときから元禄時代が始まります。

次に正徳の治(新井白石の政治)について学びます。幕府の儀式を整えたり、綱吉の政治から政策を変更し、貨幣の質を戻したり、金銀の流出を防ぐため貿易を制限したりしました。詳しくみていきます。

それから、江戸時代の三大改革といわれる、享保の改革、寛政の改革、天保の改革についてまとめています。

■徳川綱吉の政治
徳川綱吉は、儒学、仏教を奨励しました。

  • 朱子学の奨励…綱吉は、儒学の中でも、秩序を重んじる学問である朱子学を奨励しました。武断主義から文治主義への転換となり、各藩にも波及して藩校が各地に建てられ、朱子学は、学問の中心となりました。文治主義・政治は、法で支配していく世の中に変えていく主義・政治と覚えておきましょう。
  • 生類憐みの令…1685年から約20年間の法律。生きているもの全てを殺してはいけないという法律でした。これも綱吉が仏教を重んじたことからできた法律と言えるでしょう。特に犬を大切にするように命令されていたので、綱吉は、犬公方とも呼ばれる。
  • 貨幣の改鋳…貨幣にふくまれる金銀の量を減らして収入を増やそうとしましたが、物価が上昇し人々の生活が苦しくなりました。さらに、1707年に富士山の大噴火で財政は追い込まれることになります。

■正徳の治(新井白石の政治)
徳川綱吉が亡くなった後、6代将軍家宣(いえのぶ)が、その側近として登用したのが、儒学の師でもある新井白石と間部詮房で、彼らが行った政治が正徳の治です。高校入試では、新井白石を覚えおきましょう。

  • 生類憐みの令の廃止…人々を苦しめた悪令ともいわれた法律を廃止。
  • 貨幣の質…貨幣の質を見直しましたが、結果的にインフレ状態から脱するも、深刻なデフレへ。
  • 貿易の制限…当時の貿易は長崎。この頃、輸入ばかりで日本の保有する金の4分の1、銀では4分の3もが海外に流出してい、これに歯止めをかけるために貿易額の制限を行いました。

■享保の改革
享保の改革は、1716年より8代将軍となった徳川吉宗が行った政治。

  • 上米の制…米不足を補うため、大名に石高1万石に対して100石の米を納めさせる。
  • 新田開発…町人に新田開発をさせ、利益を町人にも分配。
  • 目安箱…意見箱。これにより、小石川療養所が設置される。

■寛政の改革
1787年より、松平定信が行った政治改革。

  • 寛政異学の禁…幕府の学校では朱子学以外の学問を禁じました。
  • 囲米の制…大名にはききんに備えて米を蓄えさせる。

■天保の改革
水野忠邦が行った政治改革。

  • 倹約令…財政立て直しのため、人々の生活を厳しく取り締まる。(例)絹の服・娯楽を禁止
  • 人返し令…年貢を納めさせるため、江戸にいる農村出身者を強制的に農村へ帰らせ、農業に専念させる。
  • 株仲間を解散…商売の独占権を得ていた株仲間を解散させ、商品価格を落とさせる狙い。
  • 上知令…領地を持つ旗本や大名に領地を返還させる。その代りに、元々の領地の近くに土地を与えるという命令。

明治時代

■自由民権運動
大久保利通を批判していた板垣退助らが、議会の開設を主張します。民撰議院設立の建白書を提出するのが、自由民権運動の出発点です。板垣退助は、まず、まず高知で立志社を結成します。一方で、士族の反乱もあり西南戦争が勃発。これは政府軍が鎮圧します。自由民権運動の高まりが大きくなっていき、藩閥政府に対する言論による批判をしていきます。

  • 国会期成同盟…国会の開設を求め結成。さらには、民間の憲法草案(五日市憲法)の作成。植木枝盛、中江兆民は民権論を主張します。
  • 政府の対応…伊藤博文が大隈重信を政府から追放し、10年後に国会を開くこと約束である国会開設の勅諭を出します。
  • 政党の結成…板垣退助の自由党。大隈重信の立憲改進党。

■立憲制国家の成立
群馬事件、秩父事件などがおき、政府が鎮圧します。こういうことからも、憲法の準備に取り掛かります。内閣制度を創設し、初代内閣総理大臣(首相)に伊藤博文が就任します。憲法の草案には、君主権の強いドイツ(ワイマール)憲法を参考。

■帝国議会
貴族院と衆議院の二院制。直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子のみに選挙権(全体の1.1%)。1890年に最初の衆議院議員選挙が行われ、立憲制国家となります。

■大日本帝国憲法
天皇が国民にあたえる欽定憲法です。

  • 天皇…国の元首。帝国議会の招集権などを明記。
  • 国民…「臣民」とされ、法律の範囲内で権利を所有します。

■教育勅語
忠君愛国の道徳を示し、教育の柱となります。

■伊藤博文
伊藤博文は、1900(明治33)年に立憲政友会をつくり、議会で多数を占め内閣を組織した。

1885年に、内閣制度を創設し、初代内閣総理大臣となる。この間に、大日本帝国憲法の草案。

大日本帝国憲法は、1889年2月11日天皇が国民与える形で発布。天皇が国の元首として統治すると定められ、帝国議会の召集、解散、軍隊の指揮、条約の締結、戦争を始めることなどが、天皇の権限として明記されました。日本は、アジアで初めての憲法と議会をそなえた立憲君主国となりました。

■明治文化(文明開化)
文明開化として、欧米文化が取り入れたことが特徴です。れんが造りの建物、ランプ、ガス、洋服、太陽暦の採用などがあげられます。このころ、キリスト教は黙認され、活版印刷が普及していきます。

新しい思想

  • 福沢諭吉…学問のすすめ
  • 中江兆民…ルソーの思想を紹介。のちに自由民権運動につながる。

殖産興業政策
交通、通信の整備を行い、鉄道の開通(新橋・横浜間が初)、蒸気船の運行が始まる。郵便制度や通信網も整えられていきます。

  • 官営模範工場…富岡製糸場などがつくられます。
  • 富国強兵…欧米に対抗するため、経済を発展させて国力をつけて、軍隊を強くしていくことを目指すようになります。

産業革命

経済と社会の仕組みが変化していきます、最も革命的だったのが、蒸気機関で動く機械の大量生産に成功したことで、これにより、イギリスは、「世界の工場」として名をはせます。

■資本主義
資本家が経営者として労働者を雇う仕組みです。一方で、マルクスなどが社会主義の考えを確立していく。

■19世紀のイギリス
三角貿易や外交を広め、植民地も拡大していきます。この頃から、2大政党制を実現し、労働者にも選挙権が与えられるなど民主政治が確立。

  • 三角貿易…綿織物を植民地であるインドに輸出し、そのインドでは、アヘンを栽培させて清に売り、茶をなど買っていた。

■19世紀のドイツ
1871年に、「鉄拳宰相」の異名をもつビスマルクがドイツを統一。

■19世紀のロシア
皇帝の専制政治が横行。南下政策により東西に領土を拡大。それに伴って、工業が急速に発展。

■19世紀のアメリカ
農業、工業など産業が発達し、急速に領土を拡大。一方で、自由貿易と奴隷制度をめぐり南北戦争が勃発するのも、リンカン大統領が率いる北部が勝利。以後、人種差別が根強く残りながらも、世界最大の資本主義国へと発展していく。

ロシア革命

1917年にロシアで起こった革命。戦争と専制へ不満から、労働者と兵士の代表会議が開かれ、その後、議会主導の臨時政府が成立します。これにより、世界初の社会主義の政府が誕生します。このころの指導者は、レーニンでした。

■ソ連の成立
革命政府は、土地を農民に分配、銀行・鉄道・工場を国有化していきます。列強によるシベリア出兵、干渉戦争に勝利し、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立します。

  • 共産主義…私的な財産を認めず、すべてを共有し。貧富の差のない社会も目指す社会。
  • 五か年計画…スターリンが重工業中心の工業化、農業の集団化を推し進める計画経済を行う。レーニンの後をついだスターリンですが、国の方針に批判的な考えを持つ人々を厳しく処罰していきました。

世界恐慌

アメリカのニューヨークでの株価暴落をきっかけにして、世界に恐慌が広がっていきます。多くの銀行が倒産し、失業者が増えました。これにより、各国が自国第一の政策を追求したので、国際協調の体制が揺らいでいきます。

■ニューディール政策
アメリカのルーズベルト大統領が採った新規まき直し政策。ダム建設などの公共事業をおこし、失業者を助、労働組合を保護しました。これにより、経済が回復。保護貿易へ移っていきます。

■ブロック経済
イギリスやフランスが採った政策。本国と植民地の貿易を拡大し。それ以外の国の製品に高い関税をかけるという政策。このとき。イタリア、日本、ドイツは、新たな領土の獲得を始めます。

■五か年計画
ソ連は、五か年計画中で。大不況の影響を受けず、経済発展を続けます。アメリカに次ぐ工業国となります。

ファシズム

政治の思想はファシズムへと傾きます。ファシズムとは、民主主義を否定して、個人よりも民族を国家を重視する、全体主義。イタリアで生まれ、ドイツで最も勢力を強めた。

■イタリアのファシズム
ムッソリーニ率いるファシスト党が独裁。エチオピアを侵略し、併合しました。

■ドイツのファシズム
ヒトラー率いるナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)政権が独裁を確立。国際連盟から脱退し、軍備を補強。また。ユダヤ人を迫害していきます。

日中戦争

1937年に日中戦争が開戦したきっかけは、7月7日に発生した「盧溝橋事件」です。この事件は、日本軍が軍事演習を予め中国側に通達していたのにも関わらず、中国が敵襲と勘違いし、日本軍VS中国軍の戦いになりました。(そのような認識となっています。)

勘違いが起こったとされるのも、以下の背景からでしょう。

1931年に「満州事変」という事件があったことが大きいです。満州事変は、1931年9月18日に柳条湖郊外で、関東軍(満州駐留の大日本帝国の軍隊)が南満州鉄道を爆破した事件(柳条湖事件)をきっかけに、関東軍が満州全土を占領したという、大日本帝国と中華民国の武力紛争です。これで、抗日運動が徐々に激化していきます。以後、日本と中国は全面戦争へ発展し、日中戦争が開戦されました。

■重要な人物

  • 蒋介石(しょう かいせき)…盧溝橋事件後、抗日(日本に抗う)を推し進めた人物です。中国共産党との戦いに負け台湾へ亡命しました。

■抗日民族統一戦線
1937年9月それまで対立していた蒋介石が率いる国民党と毛沢東を指導する中国共産党が協力して日本に対抗するため結成。泥沼化する戦争は、南京事件が象徴で、日本軍が一般人含む多数の中国人を殺害。中国での抗日知識が高まり戦争が全国中国全土に広がった。

■国家総動員法(1938年)
国家総動員法とは、第二次世界大戦で日本の総力戦体制の根幹となった法律です。

■国家総動員法により、定められた命令
総動員業務のための国民の徴用
従業者の労働条件と労働争議の予防と解決
物資の生産、修理、配給、使用等、輸出や輸入と制限など

上記のように広範な制限がありました。長期に渡りこの命令を出していて、損失補償や罰則も規定していました。この法律は、1938年に第一次近衛内閣の時に制定されました。公布は、4月1日で施行は5月5日です。

第二次大戦直後(民主化政策)

ポツダム宣言を受け入れ降伏。連合国軍は日本を占領し、連合国軍総司令部GHQが中心に、マッカ-サーを最高司令官とし日本を改革する。天皇は神の子孫ではないという人間宣言を出す。世界では戦争の反省で1945年国際連合ができる。

■民主化政策
日本国憲法が、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行(しこう) 。

財閥解体…三井・三菱・住友・安田が支配していた会社を独立。
農地改革…地主の土地を国が買い上げ、小作人に安く売る。小作人が減り、自作農が増えた。
教育基本法…明治時代からの教育勅語は廃止。

■日本国憲法の主な内容
①国民主権(天皇は主権から象徴に)
②平和主義(第9条)
③基本的人権の尊重(これまでの大日本帝国憲法では人権は法律で制限)
・思想の自由(治安維持法も廃止)
・男女の平等(満20歳以上の男女に選挙権)
・労働者の組合(労働組合法)
・労働の最低基準(労働基準法)

冷争

■アメリカを中心とした資本主義
北大西洋条約機構(NATO)

  • ドイツの西をもらった
  • 台湾の国民政府こそ中国と主張
  • 朝鮮は南の大韓民国

■ソビエトを中心とした社会主義
ワルシャワ条約機構

  • ドイツの東をもらった
  • 中華人民共和国こそ中国と主張(リーダーは毛沢東)
  • 朝鮮は北の朝鮮民主主義人民共和国

とうとう朝鮮半島で1950年挑戦戦争。北緯38°線で停戦。(アメリカVSソビエトの代理戦争)

■朝鮮戦争の影響

  • アメリカ軍は日本で軍備・物資を準備をしたので好景気に(朝鮮特需)
  • 万が一のために、警察予備隊→保安隊→自衛隊と昇格
  • 1951年サンフランシスコ平和条約で独立。(吉田茂首相の時)さらに、日米安全保障条約でアメリカと同盟。

■冷戦の終焉

  • 1960年代に部分的核実験停止が結ばれ、核軍縮に着手し、国連も核拡散防止条約で核兵器廃絶の動き。
  • 1987年には中距離核戦力全廃条約(IMF全廃条約)で核兵器半減を目指す。
  • 1980年代後半(ソ連)ペレストロイカと呼ばれる改革に失敗し解体。独立国家共同体(CIS)を作る。
  • 1990年には、ベルリンの壁が撤去され東西ドイツの統一。

高度経済成長

朝鮮戦争をきっかけに日本は高度経済成長を続けた。池田勇人内閣の『所得倍増計画』

  • 1964年の東京オリンピック
  • 1968年には国民総生産は世界で2位

一方では、公害問題が発生

  • 水俣病=熊本(有機水銀)
  • イタイイタイ病=富山(カドミウム)
  • 四日市ぜんそく=三重(亜硫酸ガス)
  • 新潟水俣病=新潟(有機水銀)

そこで

  • 1967年公害対策基本法が成立
  • 1971年環境庁を設置。
  • 1993年環境基本法を制定。

■日本と世界

  • 1956年日ソ共同宣言。同年国際連合に加盟。
  • 1972年日中共同声明。同年沖縄が復帰。
  • 1973年10月第四次中東戦争(日本の石油も値上がりし、石油ショックが起こった。)
  • 1978年日中平和友好条約を締結。

現代日本

  • 人権の尊重…部落差別の撤廃。アイヌの人々、在日韓国朝鮮人、外国人労働者に対する差別偏見をなくす平等と公平な社会の建設。
  • 少子高齢社会…年少人口が少なく、高齢者の割合が大きい社会。女性、子ども、高齢者、障がい者の権利を守り、安心して生活できる社会保障制度の構築が必要。
  • 政治の面…国民が積極的に政治に参加し、民主主義を活性化し、地方分権を進める。

■日本の国際的役割

  • 貧困対策…発展途上国に対する経済支援を積極的に行う。
  • 国際貢献…世界平和のために国連に協力し、平和主義の憲法の理念を尊重する。
  • 唯一の被爆国として、核兵器の廃絶と軍縮に積極的に取り組む。

■グローバル化の進展

  • 世界の一体化(グローバル化)…国境を越える経済活動が盛んになり、情報はインターネット・衛星放送で世界中に瞬時に移動する社会。環境・資源・食料・感染症・平和などの問題は、一国だけでなく世界が一本化して解決する必要があります。
  • 地球温暖化…温室効果ガスの増加などにより、地表の表面の気温が高くなること。海面の上昇や脳作物の不作など、世界各国で深刻な問題を引き起こしています。二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減に向けて国際的に取り組む。一人一人の生活を変えることも不可欠。
  • 京都議定書…1997年に地球温暖化防止京都会議で採択された先進国の温室効果ガスの排出量削減の数値目標と達成するための国際的な仕組みを定めていています。

■持続可能な社会
日本国民として意識だけでなく地球市民として意識を持つことが求められています。

日本の安全保障

大きな流れを知るうえでの年表は、以下のようになっています。

出来事
1947日本国憲法施行
1950朝鮮戦争勃発
1951日米安全保障条約
1954自衛隊・防衛庁発足
1956国際連合に加盟
1960新日米安全保障条約
1963部分的核実験禁止条約
1965ベトナム戦争激化
1970核兵器拡散防止条約
1971非核三原則国会決議
1991湾岸戦争
1992PKO協力法

上記については、関連した設問が予想されます。以下記述してあることについては、頭に入れておきたいところです。

■日米安全保障条約
日米安全保障条約締結の時の内閣総理大臣は、吉田茂であり、同日には、サンフランシスコ平和条約も結ばれています。

朝鮮戦争では、アメリカ軍からの日本国内の各種企業に対する発注が急増。この受注によって輸出が伸び、日本経済は戦後の不況から脱することができました。これを、朝鮮特需と言います。さらに、これがきっかけとなり日本は高度経済成長期へ突入していきます。

■国際連合加盟
国際連合加盟のきっかけは、それまで、冷戦中でソ連など社会主義諸国の反対によってなかなか実現しなかったわけですが、1956年の日ソ共同宣言とソ連との国交回復によってこの障害がなくなったためとされています。

■新日米安全保障条約
新日米安全保障条約と日米安全保障条約の違いですが、新日米安全保障条約は、『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』と、相互条約という表向きは対等な条約となっています。

また地位協定も交わすようになりました。

■部分的核実験禁止条約
部分的核実験禁止条約は、アメリカ・イギリス・ソ連の三国によって締結。大気圏内外と水中の核実験は禁止されましたが、地下実験は容認された。

また当初はフランスと中国が参加しませんでした。また、1998年には国連総会の場で包括的核実験禁止条約(CTBT)が成立しましたが、アメリカを始め批准をしていない国が多く、まだ実効的になっていません。

新しい戦争

新しい戦争は、地域紛争、テロリズム、サイバー戦争とに分けられます。

■地域紛争
民族紛争というべきもので、多くの難民が発生し、後に貧しい生活が強いられるようになります。

■テロリズム
2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロ、それからイギリス、フランスなど各地で宗教の違いや貧しさを背景に頻発するようになりました。組織化された武将集団が行動を起こすことが特徴。

■サイバー戦争
ネット技術を駆使し、国家の機密情報を盗み取る行為などに代表されます。

・UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)…難民に国際的な保護を与える活動を行っています。緒方貞子さんが最高責任者になったこともあります。
・UNCTAD(国連貿易開発会議)…世界の経済格差の問題の解決に取り組む国連貿易開発会議
・PKO(国連平和維持活動)…加盟国から人員が集められ,停戦後の紛争地などで停戦監視,軍の撤退,難民帰還支援,人道的援助などを行う活動。

なども覚えておきましょう。

YouTubeでも学べるように、問題に対しての解説動画をアップしています。高校入試対策や定期テスト対策にご利用ください。特に数学などは動画の方が分かりやすい場合もありますよね。
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